Aの記

読めば読むほど強くなる本を探しています。

人の倍やる、又は失敗した後にもう一度やる

人の倍やる。

 

僕はどちらかと言えば、不器用で根気がなく飲み込みも悪い。
時折、一人前が発生するか幸運が発生するか誰かに助けられるか
その辺で、辛うじて生きてる。

その一人前が発生する時の再現性を高める事が出来ればと考えると、
小学生の頃に思い当たる。


図画工作と言う科目があって、そこで作成したものを、
先生が手続して何かに応募する。全員応募なのかどうかは知らない。
何かに応募される事すら知らされていなかったと思う。

結果、何かに入賞して賞状を貰ったり、副賞の文房具をもらったりとかしてた、割と。

朝礼で不意に全校生徒の前に引っ張り出される恥ずかしさと言ったらもう…。
祖母が何か公営の作品展見にいったら、偶然に僕の作った魚の焼き物が展示されてたと喜んでいたことも有った。(これは賞状も副賞も貰ってないはず)


それには実は秘密があった。
前述したが、不器用で飲み込みが悪い僕は、作品を作ると大体は失敗してしまう。
そこで、仕方なしに「もう一度」作成するのだ。

 

当然、授業時間内に終わらず、昼休みや放課後に残されたりして2回目を作成する。
先生は何も教えてはくれないが、

 

完成がどういう状態かの理解(他の人の完成品を見ている)

全体の作業の流れを掴めている

少なくとも自分の失敗の原因は分かっている

 

これらを元に

完成図がハッキリ描かれ、その為に何をすればいいのかを理解し、何をしてはいけないかを知っている。

そういう子供が同級生の目を気にせず邪魔されず一心不乱に課題作成をするわけだ。

 

要は賞を取る作品は、失敗の経験値を元に再制作した作品で、
実は他の生徒の2倍近い制作時間で作られたものだったのだ。

 

だから誰かに褒められても、「一発で完成に持って行ってる人の方が凄いよ」と内心は思っていた。

実際、通知表の評価は「最良」とはならない、「まぁ良い方」である。
学校の評価の仕組みは知らないが、授業時間内に終わらないのは当然減点対象なのだろう。

 

暖房の強く効いた図工室でたった二人、先生は何かの作業、自分は制作課題、割にいい思い出として残ってる。

逆に何も言わずに、ただ試行錯誤させてくれたのが良かったのだな、と今となっては思う。

 

そんなわけで、一人前にやるコツの一つは他人の倍やるだろう。

 

どうやるかと言うのも大事だろうが、それはよくわからん。

成功者でもないし。

そして、今や自分は倍もやらない、失敗して放置、再チャレンジせずが多いな。

それではいかんけれども。

 

次の画像は戦後日本画の最高傑作と言われる「鳴門」を描いた奥村土牛の自伝。

「牛のあゆみ」

図版も多く良いかと。文庫なのに紙はツルツルだ。

カラーもソコソコある。(何層にも重ねられた色の階調とかそう言うのは実物かNHKとかの特集とかで見てください。)

内容については、その内。

 

 

20220825更新