俳優の志垣太郎(70歳)が亡くなっていたと息子のツイッターで発表。
少し経って晩年は仕事も上手くいっておらず、多額の借金が有ったとの報道あり。
それはそれとして
志垣太郎のこんなコメントが印象に残っている。
「俺も歌っておくんだったな」
この話自体が随分前なので大筋こんなもんだとご理解願いたい。
ネットで調べると
「懐かしの昭和メロディ」2011年10月19日放送 20:00 - 22:48 テレビ東京
らしい。
このサイトがその時の番組の流れを紹介している。
この中で歌手ではない志垣太郎が森田健作らと
青春ドラマの思い出話をする時間帯があった。
「夜明けの停車場」石橋正次、「さらば涙と言おう」森田健作
この辺の前後・合間に志垣太郎が他二人と当時の思い出話をする。
森田健作の歌を終えて、志垣はしみじみと「俺も歌っておくんだったな」
と言った。
若い頃に歌わないかと言う話はあった、役者で売れてれば
そういう話は多くの人に来てたろう、そういう時代だった。
ただ、自分が歌手の職場を荒らすのは本職に失礼だし
自分は役者だ!みたいな拘りもあったかもしれない、単に自信が無く恥ずかしかったのかも。
ただ、歌っておけばよかったなと、下手でも。
そんなことを言っていた。
どっかの誰かのコメントと混じってる可能性も高いが。
実際、森田が歌う姿を眩しいかのように見る志垣は本当に羨ましがっているように見えたし、そういう気持ちを放送に自然に出せる人だといい印象を持った。
森田健作の全盛期を自分はリアルタイムで見ていないので
彼に憧れを持っていない、
むしろ政治家活動から千葉県知事と無駄に偉そう感あり
正直どうもなぁ、と思っている。
が、
歌っている森田健作は、爽やかの権化で
こりゃスターだわ、と思うしかなかった彼は特別枠だ。
もう一人の方は更に知らないが、森田の知事マウンティングトークも
サラサラかわしていたように思う。
歌は爽やかソングでもないが、「自分にはこういう世界観がありましてね」
みたいな感じで歌ってた、あれはあれでカッコいい。
若い頃の当たり役のセリフを年取ってから言っても年を取られたなぁと思うだけだし、
それを振り返る思い出話しかないのも、ある意味寂しいだろう。
でも歌の場合は、年取って歌っても許されるしそれを求められる。
見る方が勝手に全盛期を思い出してくれる。
見る方の側に記憶されてる全盛期が、年を取った歌手に逆にエネルギーを与える場合すらあるかもしれない。
そして何より、独壇場だ、独り舞台だ。
健康維持は大事だが、大概の事は年を重ねた味のある歌ってことになるだろう。
志垣の言う通り、歌は歌っておくべきだ。
するとその瞬間にセーブポイントの様なものが多分出来る、歌手本人の精神的にも。
吉田拓郎も今年で終わり。
紅白で加山雄三は多分一番若い頃のヒット曲も歌うだろう。
若い頃の技術なり表現なりを年取ってやっても喜ばれるというのは
幸運なことだ。
みんな歌っとけ。