Aの記

読めば読むほど強くなる本を探しています。

ゴングまであと30秒

高橋秀実

ゴングまであと30秒

草思社 単行本1994 文庫版2013

 

 弱小ボクシングジムのトレーナー経験者が書いたノンフィクション作品。

ドラマ『弱くても勝てます〜青志先生とへっぽこ高校球児の野望〜』の原作者。


 ファイティング原田の目にとまる程のボクサーだった、現役時代のジム会長が頑張れなくなったのは何故か、プロテストに落ちた2人の内の一人は目覚める事が出来、もう一人は何故駄目だったのか、センスの塊の中国拳法経験者の彼に何が足りないのか、センスのかけらも無いボクサーが誰よりもボクサーらしいのは何故なのか。

 

 一読では読み流してしまう所に熱いモノが隠れ、言葉じゃないものを感じさせようとしてる、作者の照れ隠しか、読み手の読解力の足らなさか、何度か読んでようやく腹落ちする。言葉にすると抜け落ちてしまうモノや、本人は語らないモノを何とか救い上げて文章化。

 努力とか忍耐とか以前に、覚悟を決める。これがこの本の肝かもしれない。

 

 表紙イラストは消しゴム版画で有名なナンシー関の作。作者の少し斜に構えた感じとコメディタッチなとこが合う。
第一章のタイトル(扉)の隣ページに「これは実話である。」とあるが、
黒い画面に 「it's a true story」 の文字から始まる映画の様で格好いい。

 

 1章から11章あり、1~7章がプロ未満の人々、8章からラストまでが4回戦ボーイ。
用語解説やボクシング業界の内情(桁外れに安いファイトマネーとか、在日が非常に貢献していたとか、副業禁止のボクサーはチケットで報酬をもらう場合があるとか)などが入り、そういうのも良かった。

 

 かつての日本チャンプを含めた指導者達が試合用のグローブを持ち上げ、
「ホンマようやるわ」

「こんな薄いグローブでな、わしらもホンマにしたんやろか、こんなこと」

「…不思議やなぁ」

と振り返るシーンに無謀な若者を理解出来ぬと言いながらも懐かしむ。
ボクシングの危険性と救いの無さ、わざわざソコに打ち込む若者の不器用な青春に自分を重ねる。
だからこその、叱咤激励と何とかしてやりたい、こういう生身の発言が頻繁に出て来るのが素晴らしい。

 

 頭でっかちの口ばっかりの自分には耳の痛い話が多いが、自分の頭を一発ガツンとやりたい時には良い。
頭では全部分かっているつもり、分かっていて更なる言葉を求める。分かってるけど出来ないやらない。
それじゃあダメなんだと、孔子論語で言ってるが昔から一緒か。
そうすると、教えて貰ったことを身に着ける迄は次は教えてくれるなと孔子に抵抗した孔子の弟子「子路」と
この4回戦ボーイは被るかもしれない。

 彼の真剣さは、かつて缶コーヒーのCMで「心に火をつけろ」と言うのがあったが、正にあれ。温度が高すぎて見えにく青白い火がメラメラいくような、アレが読んでる自分に感染してくるような気さえする。

 

 この作品は本になったものとしては作者の初期の作品だと思うが、小馬鹿にしたような軽い感じは既にある。
「20年ぶりに読んで書かれた文庫版後書き」によれば、今も「全く成長していない」らしいので、この人のスタイルなんだろう。
その軽い感じが切なくなったり、若者の闘志に煽られていくのもまたいい。

 

 不思議なもので有名なボクシングのノンフィクション小説「一瞬の夏」も本作の単行本版と同じ1994年の発表だと言う。
 あちらは世界戦を目指す、やはり実話を元にした物語だが、本作はプロテストに受からないとか負けすぎてプロ引退かもしれない人達の物語。
 登場人物のボクシングのレベルは比較にはならないが、どちらの作品も完全燃焼したい、後悔したくない、どこまでも打ち込んでみたい、しかし自分を変えたいのに中々変えられない人が出て来る面では同じ。
 
 本作ではジム入会動機が「何かに打ち込みたくて」の男が自分を変えずに、ただ打ち込み切った末の戦いぶりがを感動させるわけだけど、その執念たるや凄まじい。
なのに、その勝敗の行方とか試合後のコメントとかが、どっか抜けてて、それも良い。


息苦しい程の終盤なのに軽い読後感で終え、さあ、これから♪まで持ってくのは中々。

実は青春モノなのかなぁ、これは。

 

少し前にタイトルマッチがあったらしいが、この本の言う通りならボクシングジムの入会者が今頃増えているのだろう。。

 

 

新開ボクシングジムオフィシャルサイト

本編に書かれてるトレーニングスケジュールの画像も見れるが、なるほどほぼ一緒。
本編登場の色紙「努力に勝る天才なし」もある。

フェイスブックもあり新開会長のミット打ち動画まであるが、残念ながら2018に廃業とある。

新開ボクシングジム - ホーム

 

 

ちなみに、「平成兵法心持。―新開ジムボクシング物語」と言うタイトルで中公文庫からも出ている様だ、そちらは2004年。

 

 草思社の文庫版後書きに「ゴングまで30秒」の30秒は試合終了まで30秒と、試合開始までの30秒の意味を込めたと、タイトルの種明かしが20年越しで行われているが、もしかしたら中公版文庫でタイトル変更を受けて、不服の気持ちが有ったのかな。

それとも別出版社から出す際にタイトル変更する取り決めでもあるのかな?。

 作者自らタイトルについて説明するのも珍しくて面白かった。

 

追記

8章から9章の試合の対戦相手が、ブログに当時の事を書いているのを見つけた。

本編の転載が多く結末が分かってしまうので、出来れば本編を自分で読んでからリンク先も見て欲しい。

作者が取材に来た事を「偵察」と受け取ってることは興味深いし、試合後の対戦相手側としての感想も冷静で良い。今やアメーバブログのラーメンマニアジャンル部門でランキング4位とラーメン食べ歩きに能力を開花させてしまってる問題等、興味深い。

スイーツ好きの力士とラーメン好きのボクサーでは好きと競技の関係性が大分違う。

重すぎる十字架を背負ってたな。

  1. ゴングまであと30秒 | ピップのブログ
  2. ゴングまであと30秒 その2 | ピップのブログ
  3. ゴングまであと30秒その3 | ピップのブログ
  4. ゴングまであと30秒 その4 | ピップのブログ
  5. ゴングまであと30秒 その5 | ピップのブログ
  6. リングネーム | ピップのブログ

 

スラムダンク桜木花道が「オヤジの栄光時代はいつなんだよ…」と言うシーンがあるが、プロボクシング経験は栄光時代の一つになるだろうなぁ。

 

2023年3月26日に更新しました。